私自身はもともと、音楽よりも絵画のほうが親しみやすく、声で言われたことよりも文字で読んだことのほうが記憶しやすいなど、感覚の中で視覚に頼る部分が多いと感じていました。「この視覚がなかったら世界はどんなふうに見えるのか?」と純粋に興味を持って、目の見えない人に話を聞きたいと思ったのが最初のきっかけです。
その後、目の見えない人について知れば知るほど、それまで考えたこともなかった問いが次々とわいてきました。そこで、師匠に教えを乞うような気持ちで、Santenに在籍されていたパラリンピックメダリストの葭原滋男さんをはじめ、いろいろな人に話を聞きました。お話があまりにも面白かったので、人に伝えたいと思って自分で「ZINE(小冊子)」をつくって配るようになり、その内容をまとめて出版社に持ち込んだところ出版に至ったという経緯です。
本の中でも触れていますが、私は子どもの頃から生き物が好きで、生物学者を目指していました。自分とは異なる体を持つ生き物からは世界がどのように見えるのか、知りたいという願望があったんです。現在私は美学という、わかっているけれど言葉にしにくいものを言葉で解明しようとする学問を研究しています。その中でも人間の身体を対象に、それぞれ違いのある身体を通して、世界のとらえ方がどのように違うのかを明らかにしようとしています。
美学は哲学系の学問なのですが、歴史的に哲学を担ってきたのは、中流階級以上の白人男性が中心です。だからこれまでの哲学の本には、目の見えない人のことや、私自身が体験してきた出産や育児に関係することはほとんど書かれていません。アジア人女性である私にとっては当然リアリティがなく、哲学の世界で議論されてきたことや本に書かれていることは世界のほんの一部に過ぎなかったのだと気づきました。
身体について研究している背景には、「哲学の世界で語られていないことがこんなにあるなら、自分が持ち込もう」という学問的な野心もあります。本の中に書かれていないことを扱うのだから、本を読んで研究するのではなく当事者に話を聞きに行く。インタビューは今後も継続して、ライフワークにしたいと考えています。