世界緑内障週間 World Glaucoma Week
緑内障は多くの国や地域で中途失明原因の上位を占める疾患で、世界でおよそ8,000万人※1が罹患し、2040年までに1億1,180万人に増加することが予測されています※2
毎年3月上旬の1週間は『世界緑内障週間(World Glaucoma Week)』として、緑内障の啓発を目的としたイベントが世界各地で開催されています。2026年は3月8日から14日にかけて行われます。

緑内障は、目から入ってきた情報を脳に伝達する視神経に障害が起こり、視野(見える範囲)が狭くなる病気です。初期には自覚症状が少ないため未発見の潜在患者が多く、2000年~2001年に日本で行われた調査では、40代以上の20人に1人が緑内障という結果が出ています※3。緑内障の視野障害は元には戻らないため、進行を抑制するためには、正しい知識を持ち、早期発見と治療継続を行うことが非常に重要です。

棋士の山崎隆之九段は、2024年に緑内障と診断を受け、治療を続けています。棋士として戦い続ける上での「見える」ことの大切さや、緑内障の早期発見に向けた思いについて伺いました。
(インタビュー:2026年1月17日)

 

山崎隆之 九段
1981年生まれ、広島県出身。11歳のときに森信雄七段の門下生として棋士の養成機関である関西奨励会に入会し、17歳で四段に昇段してプロデビュー。2015年の第1回叡王戦ほか、公式棋戦で8回の優勝歴を持つ。2025年2月第83期順位戦B級1組で羽生善治九段との対局に勝ち、八段昇段後公式戦250勝により九段に昇段。
不利な形成からの逆転術などの独創的な棋風や、飾らない人柄から多くのファンに支持されている。

山崎隆之|棋士データベース|日本将棋連盟

将棋を指す山崎九段の写真

もう少し発見が遅ければ、利き目の視野が欠けていたかもしれない

山崎九段が緑内障の診断を受けたのは2024年の春。きっかけは、健康診断で目の異常が見つかったことでした。「気を付けてくださいね、と言われる程度だろう」と思いながら、眼科で再検査を受けたところ、利き目である左目の緑内障が進行し、視野が欠け始める1歩手前だったとわかりました。

インタビュー中の山崎九段の写真

「当時は白内障と緑内障の違いもよく知りませんでした。父親が白内障の手術を受けていたので『手術で治りますか?』と先生に聞いたら、難しいと言われて」完治しない進行性の病気であることや、放置していたらいずれ失明していたかもしれなかったことを知り、ショックを受けたと振り返ります。

山崎九段が所属する日本将棋連盟では毎年1回、基本的にすべての棋士が健康診断を受けています。しかし、幼少の頃から持病の経過観察をしていた山崎九段にとって、健康診断で持病に関連する項目が再検査になるのはいつも通りのこと。目の異常についても以前から何度か指摘があったものの、重くは受け止めずそのままにしていました。

一方、過去には健康診断に助けられた出来事もありました。原因不明の体重増加や気持ちの落ち込みなどで、将棋に身が入らず悩んでいた30代の頃のこと。健康診断で要再検査の項目があったため病院に行くと、慢性の病気が見つかったのです。処方された薬を飲むようになると調子が良くなり、それまでは自分の怠慢のせいだと思い込んでいた心身の不調が、実は病気のせいでもあったとわかって気持ちが軽くなったといいます。

「再検査を受けていいことがあった」という過去の経験をふと思い出した山崎九段は、健康診断の結果を見て眼科を受診することにしました。そこで緑内障の診断を受け、以来、点眼治療と定期通院が始まりました。

「視野が欠け始める前に治療を開始できたのは運がよかった。でも、もっと早く治療を始めていたら、少なくとも現役の棋士でいる間は、視野が欠ける心配をしなくて済んだかもしれません。数年前の自分に『今すぐ再検査に行けよ!』と言いたいですね」

強い相手と勝負できる棋士でいたい

棋士には定年がありません。しかし、対局に必要な体力や集中力、限られた時間内に次の一手のあらゆる可能性を検討する「読み」のスピードと量は20代がピークで、やがて徐々に棋力が落ち、60歳前後で引退するのが一般的だといいます。山崎九段も30歳を過ぎた頃から、練習したことが本番で思い出せないなど、記憶力の衰えを感じ始めました。これまで多くの先輩方から、実力のピークを過ぎて相手に勝てなくなることの辛さを聞いてきたという山崎九段も、今年45歳。20代の頃のようにはいかないと感じています。

 

「棋士にとって、強い相手と勝負できなくなることは何よりの恐怖です」

山崎九段が将棋を指す手元の写真

緑内障が見つかった2カ月後、山崎九段(当時は八段)は第95期棋聖戦の挑戦者決定戦で佐藤天彦九段に勝利し、タイトル挑戦者となりました。自身にとっては2009年の王座戦以来2度目のタイトル戦。15年のブランクを経て43歳でのタイトル挑戦は将棋界でも異例の出来事で、大きな注目を集めました。「将来的に緑内障が進行したら、万全のコンディションで対局できなくなるかもしれない」という危機感もあり、「これが最後の大舞台」という覚悟で挑んだ藤井聡太棋聖との五番勝負。しかし結果は三連敗で、2024年はその後の対局でも負けが続きました。

 

「絶望感というか喪失感というか。これまで積み上げてきた結果が負けなのだから仕方ないかと、情けない気持ちでしたね」

 

中学生のときに親元を離れて師匠の内弟子となり、棋士の登竜門となる「奨励会三段リーグ戦」の日程が高校入試と重なったときにも将棋を選んだ山崎九段。進学しないことで退路を断ち、周囲から応援されて大阪に出てきた以上は故郷の広島に戻るという選択肢もなく、ひたすら将棋に打ち込んできました。

 

「負け続けて沈んでいく未来もあったかもしれません。でも、僕は将棋しかやってこなかったんで、いまさらほかのことを見つけるのも難しい。まだまだ将棋にしがみついて、ここで勝負していきたいと思って」

 

 だからこそ、今「見えている」ことのありがたさを感じているといいます。

インタビュー中の山崎九段の写真

好きな将棋を今後も楽しみ続けるために

山崎九段は幼少の頃、運動が得意で、同世代の子どもには負けたことがなかったそうです。ところが、父の手ほどきで幼稚園の頃から将棋をはじめ、近くにあった将棋教室に通い始めると、はじめて年下の相手に負けるという経験をします。

 

「今は日本将棋連盟の理事でもある片上大輔七段です。自分より1歳下なのに強くて。年下に負けたのが悔しくて、なんとか勝ちたいと、本気になりました」

 

当時所属していた地域のソフトボールチームでは、低学年の頃から高学年に混ざって試合に出ていた山崎少年。ある日監督から「(四球をねらうために)バットを振るな」と指示され、試合への気持ちが急速に冷めてしまったといいます。

 

「そう言われると打ちたくなって(笑)。結局振って、アウトになって、怒られました。自分を殺して役割に徹するのは我慢できなかったんです」

インタビュー中の山崎九段の写真

自分の好きなようにはプレーできないチーム競技と比べると、すべて自分の裁量で指せる将棋には自由がありました。幼少の頃から勝負事が好きだった山崎九段にとって、勝ち負けがダイレクトに感じられるのも魅力的だったといいます。

 

「プロになってからも仕事っていう感覚がないというか。好きで将棋をやってきて、棋士になることができて、恵まれていると思います。今は頑張っても若い頃のようには勝てないとか、悲しいこともあるけど、そんな変化も面白い」

 

2025年度の成績は25勝11敗(勝率0.6944)※4。過去で最も低かったという2024年度の勝率0.4390から大幅アップを果たしました。練習で記憶したことが本番で思い出せないなら、もっと練習量を増やして体感で憶えればいい。そのために、近年は若手棋士と多く対戦するようにしたそうです。山崎九段は「悔いのないように、ここからもう一度上位を目指したい」と意気込みます。

 

最後に、今後の抱負について尋ねると「実力を出し切るためにも、やっぱり健康が大切」という答えが返ってきました。

 

「緑内障についても、進行したら戻らないことや、治療は毎日の点眼※5 だということを知っていたら、もっと早く病院に行っていたと思います。棋士は目を酷使する職業です。周囲には、1年や2年の遅れが一生を左右するかもしれないと強く伝えていきたい。僕は、見ることに支障がない今の状態をできるだけ維持して、強い棋士としての爪痕を残したいです」

 

大好きな将棋を楽しみ続けるために、決してあきらめず、何度でも這い上がる。今後も山崎九段の将棋から目が離せません。

ほほ笑む山崎九段の写真
  1. Glaucoma Research Foundation. Glaucoma Facts and Stats – Global Prevalence.(2020年時点データ)
  2. Tham YC, et al. Global prevalence of glaucoma and projections of glaucoma burden through 2040. Ophthalmology.
  3. 「日本緑内障学会多治見緑内障疫学調査(通称:多治見スタディ)」報告
  4. 2026年3月5日時点
  5. 本記事の内容は個人の経験に基づくものであり、すべての方に当てはまるものではありません。緑内障の治療や管理については、必ず医療専門家にご相談ください。

緑内障の基礎知識
緑内障は視野の一部が欠けていく病気ですが、日常生活では気づきにくいことが特徴です。
そのため、定期的な眼科受診での視野検査が重要とされています。
詳しい情報やセルフチェック方法については、以下のリンクをご参照ください。

関連リンク

緑内障に関する詳細な情報や最新の取り組みについて、以下のページもぜひご覧ください。